
ひきこもりという用語は病名ではありません。あくまで対人関係を含む社会との関係に生じる現象の一つをおおまかにあらわしている言葉です。また、それが生じる原因には『いじめ』 『家族関係の問題』『病気』などが挙げられることがありますが、一つの原因でひきこもりが生じるわけでもありません。難しく言うと生物学的要因や心理社会的要因などのさまざまな要因が絡み合って、ひきこもりという現象が生じています。また、近年になってひきこもりには多彩な精神障害が関与しているという報告がされるようになりました 。
ひきこもりと精神障害
「ひきこもりの評価・支援に関するガイドライン」(厚労省)には、ひきこもりの背景に存在する主な精神障害(発達障害を含む)を次にあげています。精神障害を放置すれば、ひきこもり状態がより悪化し二次障害、三次障害を引き起こしかねませんので早期の治療が必要となります。
いじめなどの出来事を契機に不安や抑うつ気分が出現し、不登校・ひきこもりに至 ることがあります。適応障害をもたらすストレス状況が遷延したり、あるいは誘因 は解消しても症状が遷延したりすると、適応障害から気分障害や不安障害などへの 展開が生じ、結果的にひきこもりが本格化・遷延化することは珍しくありません。
社交不安障害は、人前で行動するなどの社会的活動に対する回避傾向が主症状の不安障害で、同年代やなじみの少ない対象を回避し、ひきこもりへと向かう可能性が 少なくありません。全般性不安障害は様々な場での不安が特徴的ですが、特に失敗 や挫折を恐れるあまりに緊張の強さが目立つ点に特徴があり、ときに不登校やひき こもりの原因となります。パニック障害の発作様の不安・恐怖状態が頻発するよう になると、その出現を恐れて外出を控えるようになり、ひきこもり状態に至ること もあります。
その大半はうつ病性障害で、大うつ病エピソード、あるいはそれに準ずるうつ状態(気分変調性障害、月経前不快気分障害、小うつ病性障害など)の際にひきこもり を生じることがありますが、多くの場合に一旦ひきこもった当事者はうつ状態が改 善したからといって、ただちにひきこもりから抜け出すことができるわけではない ことを心得ておきましょう。うつ病性障害の中でも気分変調性障害はひきこもりと の親和性がより高い障害とされています。また、うつ状態から活動力の亢進する躁 状態に転じる双極性障害であることが明らかになる事例もあります。
強迫症状が増悪してきた場合に、強迫症状に縛られて日常生活の習慣的行動をスム ーズにこなせなくなったり、家族を巻き込んだ強迫症状に伴って退行が生じること で母親との共生的な結びつきから離れられなくなったりする結果、ひきこもり状態 となることがあります。
不登校やひきこもりに表現されるような回避性、依存性、自己愛性、境界性(空虚 感、孤立感、対象へのしがみつきと操作などが特徴)などの心性が年余にわたって 持続する間に、そうした心性がパーソナリティに構造化されてパーソナリティ障害 への展開が生じることがあります。もちろん不登校・ひきこもりが生じる前にパー ソナリティ障害が確立していき、各パーソナリティ障害に固有なタイプの社会適応 の困難さが深刻化し、社会的活動や関係性を回避するようになり、ひきこもりに至 るという経過も多くみられることはいうまでもありません。
統合失調症の陽性症状そのものである幻覚、妄想、自我障害などに基づく強い不安・ 恐怖から外出を控えたり、妄想に根ざした警戒心から家庭に閉じこもったりするこ とがあります。また陰性症状と呼ばれる意欲の低下に基づいて外出頻度が低下した り、人との交流を求めなくなったりするため、結果としてひきこもり状況に至る場 合もあります。また統合失調症に基づく言動の影響で、周囲との人間関係が悪化し、 周囲から距離を置かれるようになることに伴って外出困難になるという経過もある でしょう。また、周囲の統合失調症に対する差別や偏見が強いため、あるいは家族 が近所の目を気にしすぎるために、トラブルを避けるために外出させてもらえない という事例もあるかもしれません。また、当事者ではなく家族の中に統合失調症の人がいて、その人の妄想に基づく外界への警戒心から当事者の外出を禁じたり、その人の影響で当事者も同じ妄想を共有するようになったりしたため、ひきこもりに 至っている事例も存在することを心得ておきましょう。
選択性緘黙など 児童思春期に特有な精神障害自らの容貌が醜いため、体臭が不快なため、あるいは視線がきついため他者を不快 にさせているという思春期特有な確信を持つ妄想性障害の若者は、他者との接触を 極端に避けるようになることがあります。また、選択性緘黙のような幼い頃から幼 稚園や学校で口を閉ざしていた子どもが、やがて徐々に学校にいかなくなり家にひ きこもる、あるいは高校卒業後は進路を決めないまま家庭にとどまるようになるこ とがあります。
広汎性発達障害、特にその高機能群(アスペルガー障害など)は思春期に入った小 学校高学年から中学生にかけての年代で、同年代仲間集団から孤立したり、からか いやいじめの対象になったりすることが多く、そのことを契機にひきこもることが あります。いじめられた経験の頻回なフラッシュ・バックとそれに伴うパニック的 な興奮、社会への関心の乏しさ、ゲームなどの活動への没頭の生じやすさなどは社 会から孤立した PDD の若者がひきこもりに向かう強力な推進力となっていると思われます。
本来人懐っこく、親しい人間関係を求める気持ちの強いのが ADHD の子どもの特徴で す。しかし ADHD の主症状である不注意、多動性、衝動性のため、思春期年代に入る 頃には仲間集団から孤立したり、学校生活で疎外されたりという状況に陥りやすく なります。こうした状況が長期化すると二次的に気分障害を併存したり、極端に反 抗的になったりし、最終的には不登校・ひきこもりに至る可能性が高まります。
知的障害者(IQ70 未満)が保護的で支持な環境や適切な能力応じた活動の機会を提 供されなかった場合、社会的活動の場を回避して家庭へのひきこもりを生じる可能 性があります。障害ではありませんが境界知能(IQ70~84)の子どもや若者は社会的な評価や介入に非常に敏感で傷つきやすい面があり、不安な状況が続くと社会活 動を回避しひきこもりに至る可能性の高いグループであることを心得ておきましょう。
ひきこもりの心理 〜僕は人間じゃないんです ほんとにごめんなさい〜
サブタイトルの「僕は人間じゃないんです ほんとにごめんなさい」は、RADWIMPSの「棒人間」と言う楽曲の歌詞のフレーズです。まさにひきこもりの心理状態を表しています。
ねぇ、僕は人間じゃないんです ほんとにごめんなさい
そっくりにできてるもんで よく間違われるのです
僕は人間じゃないんです じゃあ何かと聞かれましても
それはそれで皆目 見当もつかないのです
見た目が人間でなもんで 皆人並みに相手してくれます
僕も期待に応えたくて 日々努力を惜しまないのです
しかしまったくもってその甲斐もなく 結局モノマネはモノマネでしかなく
一人、また一人と去ってゆき 人間が剥がれ落ちるのです
大切な人を幸せにしたり 面白くもないことで笑ってみたり
そのうち今どんな顔の自分か わからなくなる始末です
〜
僕も人間でいいんですか? ねぇ誰か答えてよ
見よう見まねで生きてる 僕を許してくれますか
僕は人間じゃないんです ほんとにごめんなさい
そっくりにできてるもんで バッタもんのわりにですが
何度も諦めたつもりでも 人間でありたいのです
野田洋次郎
ひきこもりの抱える3つの問題
親子二重のひきこもり
「ひきこもり」は、現在に至っても、未だ悪いイメージがあるため、親は「ひきこもりにするような子育てをする親が悪い」、「世間体が悪くなる」等の理由により、自分の家族のひきこもり問題を隠す傾向が見られます。
その為、ご家族(特に母親)は、第三者に相談することもなく、また周囲からの理解が得られないために、親自身も「ひきこもり的」となってしまう現象を「親子二重のひきこもり」と呼ばれています。
「親子二重のひきこもり」状態になると状況はどんどん悪化し、長期化していきます。家族だけで抱え込まず第三者の協力を得ることが重要です。
共依存関係
子どもが引きこもっている場合、母親は子どものためにと、子どもの理不尽な命令でも聞き入れます。子どもの言動や行動には、憤慨し嘆きますが、少し子どもの態度がよくなると、苦しかったことを忘れて「可哀想な子だから」と思ってすぐ許してしまいます。
そして、また子どもを救おうとあがき、上手くいかないと子どもを責めます。上手くいかないときは、「子どものせいで自分は、こんなに惨めだ」と被害者意識に取りつかれます。親が被害者の役割を演じ、子どものせいにしていれば、自分の行動結果の責任を取らなくていいと思い込んでしまいます。つまり現状のままでいればいいと思っているのです。
また、子どもが不登校になりかけているとき、憤慨し、子どもに、強い言葉や厳しい言葉を言ってしまいます。中には、暴力を振るう人もいます。これは、親による子どもへの支配です。子どもは、親を怖がり言うことを聞くようになります。親は、「この子は、自分がいなければダメだ」と、子どもをコントロールすることによって、お互いに依存しあっている共依存状態になります。
子どもには、「学校へ行きなさい」「仕事をしなさい」「自立しなさい」と、言いながら、「でも、この子はきっと失敗する。私が付いていてあげないと」と、ダブルバインド状態です。親がこのような共依存状態になっているのでは、なかなか子どもを自立させることはできないでしょう。
精神科医春日武彦いわく「コントロール願望に根ざした自己犠牲」であり、親がそのコントロール願望を捨てない限り共依存関係は続くと言っています(春日武彦著「はじめての精神科」より)。
8050問題
「80」代の親が「50」代の子どもの生活を支えるという問題です。背景にあるのは子どもの「ひきこもり」です。ひきこもりという言葉が社会にではじめるようになった1980年代~90年代は若者の問題とされていましたが、約30年が経ち、当時の若者が40代から50代、その親が70代から80代となり、長期高齢化。こうした親子が社会的に孤立し、生活が立ち行かなくなる深刻なケースが目立ちはじめています。
該当している親子の親には収入がなくなっている状態であり、様々な理由から外部への相談も難しく、親子で社会から孤立した状態に陥っている状況です。また、30代、40代でパワハラやリストラをきっかけにひきこもり状態になる人も見られ、ひきこもり状態にある人の半分以上が中高年と推定されます。
中高年のひきこもり者の現状に関して、政府も平成18年に初めて全国調査を行い、40~64歳のひきこもり者が推計61万3千人いることを公表しています(内閣府「生活状況に関する調査」)。15~39歳のひきこもり者の推計54万1千人(15年調査)を上回っており、ひきこもり者の高齢化とひきこもりの長期化が注目されています。
ひきこもりが悪化すると
ひきこもり状態が悪化するとさらなる問題行動へと発展していく場合があります(内閣府「ひきこもり支援者読本」斎藤環「ひきこもりの心理状態への理解と対応」より)
- 家庭内暴力 自分の状況を受け止めることができなかったり、家族の発言への反発として、暴力を振るったり、物に当たったりします。精神科医の斎藤環はひきこもっている本人は、親に対しては恨み半分、感謝と申し訳なさ半分という気持ちに分裂していると言っています。本人にとって親が悪い親になってしまうと、本人も悪い自己を出し、暴力へとエスカレートしていきます。それは親が愛情を込めていたとしてもです(斎藤環著「ひきこもりはなぜ「治る」のか?」より)。
- 対人恐怖 世間体や近隣住民の視線を恐れて外出しなくなり、来宅した親戚や宅配便業者との接触を避けるなどの行動として表れます。また、自己臭や醜形恐怖を訴える場合もあります。対人恐怖症状は、こじれるとしばしば被害関係念慮や被害的な妄想様観念に発展し やすい。「近隣住民が自分のうわさをしている」「自分を監視し、いやがらせをしてく る」といった訴えが多い。こうした訴えを真性妄想と誤解して、統合失調症と誤診される場合もあります。
- 強迫症状 強迫症状のほとんどは、洗浄強迫や確認強迫などの強迫行為で、外出から帰ると何度も着替える、手洗いを繰り返すなどの 行為が典型でです。また確認強迫は、しばしば家族にも強迫行為への協力を求めます。
- うつ症状 抑うつ気分や空虚感、希死念慮の訴えがしばしば見られるようになります。また女性ではリストカットなどの自傷行為も少なくありません。
- 不眠・昼夜逆転 不眠と昼夜逆転する場合もあります。日内リズムの障害以上に、家族関係 の葛藤が反映されやすく「家族と顔を合わせたくない」ことが、昼夜逆転を長期化させる要因となっています。
- 摂食障害 摂食障害は、精神科医療の診断では心身症に分類されますが、依存症や対人恐怖とも複合した、複雑な心的葛藤のある問題だと思われます。代表的な症状は「拒食症」と「過食症」です。摂食障害のためひきこもるケースも少なくありません。
イノセントの危機介入
イノセントでは、家族若しくは本人からひきこもり相談の依頼を受けた場合、家族及び本人との面談により現状把握を行い、相談支援を継続していくか危機介入するか、他機関への協力依頼が必要かどうかを判断し、計画立案、目標設定を行います。
相談支援の継続の場合、継続した訪問サポート(アウトリーチ)を行ない本人へのカウンセリング及び家族へのケアを同時にしていきます。
家庭内暴力が激しいなどの緊急性が高い場合、医療機関や施設へ繋ぐために本人への説得と移送先の確保及び移送の支援を行います。退院・退所後もサポートしていきます。